『ばいばい、アース』を読み終えて

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冲方丁という読みづらい名前の作家が特に広く知られるようになったのは2003年『マルドゥック・スクランブル』で日本SF大賞を受賞したときだろう。SF読み以外の人にはそれよりずっと後、数々の文学賞やら映画化やらで話題になった時代小説『天地明察』かもしれない。とにかくぼくが作家冲方丁を知ったのは『マルドゥック・スクランブル』を読んでからだった。海外SF作品の翻訳もののような雰囲気のある独特の文章や、文庫本三冊のうち丸々一巻分が費やされたカジノのギャンブルシーンなどに魅了された。他にいくつか出ていた彼のファンタジー物めいた小説は読んでみたりもしたのだが『マルドゥック』シリーズ以上にのめり込めるものがなく、自分の中で冲方丁サイバーパンク寄りのSF作家という位置付けにいたのだった。

そんな冲方丁の初期の作品で長らく絶版が続いていた長編ファンタジー小説が『ばいばい、アース』である。分厚い単行本二冊組というわけのわからないやりかたで出版され、『マルドゥック』から読み始めたようなファンにとってはいまさら読みたくても手に入らないというまさに伝説になっていた作品だった。それが2007年にめでたく文庫本四冊という形で復刻され、ようやくファンの手元に届いたというわけだ。手に入るようになったはいいものの、そんなに喉から手が出るほど欲しかったものをなぜいまさら読んでいるのかというと、単純に買おう買おうと思いつつ今度はいつでも買えるという安心感に浸ってなかなか買う機会がなかったという馬鹿馬鹿しい理由なのでまったくもって救い難い。

ぼくはこの小説をSFとして読み始めたので、気になったのは世界の成り立ちだった。この星と聖星<アース>の関係、惑星移民や意思を持ち始めた機械たちなどの存在を匂わせる描写、そんなSF的世界観に惹かれて読み続けたのにそのあたりにはっきりとした答えを出してくれず、最後まであくまでも主人公であるベルの旅立ちの物語というところにブレはなかったのはいいところでもあり残念なところだった。最終巻でようやくハードSF的な展開に移行するかと思いきやあっさりファンタジー路線に戻ってしまったので、ベルの冒険はこれからだ的なエンディングと合わさって物足りなさが残る作品となってしまった。ただ、変な言い方になるがぼくの期待していた内容を裏切られたという点を除けば非常に楽しめた作品でもあったのは事実。冲方丁がこの小説を書き始めたのは1996年、ということは彼が二十歳になるかならないかあたりの年齢ということになる。読みづらかったり話の展開や文章がくどすぎたりする部分も多々ある。しかしこの物語を書き上げてやろうという圧倒的なパワーが伝わってくる小説でもあったとぼくは思う。復刻後の後書きが「若かった」という第一声から始まる通り、まさに作家として成熟していない若さあふれる超大作であった。願わくばいまだ終わりを見せていないこの物語の続きがいつか再び書かれることを期待して、ベルと共に成長した冲方丁をぜひ見てみたい。